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曙覧の歌-その2

  • 2009/07/10(金) 15:53:48

曙覧が清貧の境涯はほぼこの文に見えたるも、彼の衣食住の有様、すなわち生活の程度いかんはその歌によって一層詳(つまびらか)に知ることを得(う)べし。その歌左に

人にかさかしたりけるに久しうかへさざりければ、わらはしてとりにやりけるにもたせやりたる

山吹のみの一つだに無き宿はかさも二つはもたぬなりけり

 その貧乏さ加減、我らにも覚えのあることなり。

ひた土に筵(むしろ)しきて、つねに机すゑおくちひさき伏屋(ふせや)のうちに、竹生(お)いでて長うのびたりけるをそのままにしおきて

壁くぐる竹に肩する窓のうちみじろくたびにかれもえだ振る

膝いるるばかりもあらぬ草屋を竹にとられて身をすぼめをり

 明治に生れたる我らはかくまで貧しくなられ得べくもあらず。(「草屋」を「草の屋」と読ませ「草花」を「草の花」と読まする例、集中に少からず。漢語にはあらず)

銭乏しかりける時

米の泉なほたらずけり歌をよみ文をつくりて売りありけども

 彼が米代を儲(もう)け出す方法はこの歌によりてやや推すべし。(「泉」は「ぜに」と読むべし)

ある日、多田氏の平生窟より人おこせ、おのが庵(いお)の壁の頽(くず)れかかれるをつくろはす来つる男のこまめやかなる者にて、このわたりはさておけよかめりとおのがいふところどころをもゆるしなう、机もなにもうばひとりてこなたかなたへうつしやる、おのれは盗人の入(いり)たらん夜のここちしてうろたへつつ、かたへなるところに身をちひさくなしてこのをの子のありさま見をる、我ながらをかしさねんじあへて

あるじをもここにかしこに追たてて壁ぬるをのこ屋中塗りめぐる

 家の狭さと、あるじの無頓着(むとんちゃく)さとはこの言葉書(ことばがき)の中にあらわれて、その人その光景目前に見るがごとし。

おのがすみかあまたたび所うつりかへけれど、いづこもいづこも家に井なきところのみ、妻して水汲(く)みはこばする事もかきかぞふれば二十年あまりの年をぞへにきける、あはれ今はめもやうやう老(おい)にたれば、いつまでかかくてあらすべきとて、貧き中にもおもひわづらはるるあまり、からうじて井ほらせけるにいときよき水あふれ出(い)づ、さくもてくみとらるべきばかりおほうあるぞいとうれしき、いつばかりなりけむ□「しほならであさなゆふなに汲む水もからき世なりとぬらす袖(そで)かな」と、そぞろごといひけることのありしか、今はこのぬれける袖もたちまちかわきぬべう思はるれば、この新しき井の号を袖干井(そでひのい)とつけて

濡(ぬら)しこし妹が袖干(そでひ)の井の水の涌出(わきいづ)るばかりうれしかりける

 家に婢僕(ひぼく)なく、最合井(もあいい)遠くして、雪の朝、雨の夕の小言(こごと)は我らも聞き馴(な)れたり。

「独楽※(「口+金」、第3水準1-15-5)(どくらくぎん)」と題せる歌五十余首あり。歌としては秀逸ならねど彼の性質、生活、嗜好(しこう)などを知るには最(もっとも)便ある歌なり。その中に

たのしみはあき米櫃(こめびつ)に米いでき今一月はよしといふ時

たのしみはまれに魚烹(に)て児等(こら)皆がうましうましといひて食ふ時

など貧苦の様を詠みたるもあり。

 文人の貧(ひん)に処(お)るは普通のことにして、彼らがいくばくか誇張的にその貧を文字に綴(つづ)るもまた普通のことなり。しこうしてその文字の中には胸裏に蟠(わだかま)る不平の反応として厭世(えんせい)的または嘲俗(ちょうぞく)的の語句を見るもまた普通のことなり。これ貧に安んずる者に非ずして貧に悶(もだ)ゆる者。曙覧はたして貧に悶ゆる者か否か。再びこれをその歌詠に徴せん。

〔『日本』明治三十二年三月二十三日〕
その3へ続く

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